
建設中の保土ヶ谷バイパス。
一番右に写ってるのが俺。
仕事で週に3〜4回は通るであろう保土ヶ谷バイパス。
走ってるといつも思い出すのがこの写真。
今日アルバムからはがして、裏を見たらお袋の字で「太郎 六歳」と書いてあったから、
1972年の写真ということになる。
当時横浜の旭区に住んでいた俺、この広い道路は良い遊び場だった。
工事現場にこうやって何でも無く入れるなんてのは、実に大らかな時代だ。
今じゃ危険・安全って絶対入れないはず。
当時家にはオリンパスのPenEESしか無かったはずだから、
これもきっとそれで撮ったんだろう。
よく写ってる。