2011年04月09日

哲学の道で考えた事

東北関東大震災の1週間後に行った京都。
常に頭に震災のことがあった。
出かける前には、こんなときに旅行なんかできるのか?
楽しむ気分になれるのか?と考え、
現地に着いても、また大きな余震があるのではと、
常に、携帯で地震情報をチェックしてしまう。

そんな気分で歩いていた、京都の哲学の道。
とある店先に飾られた写真に、ふと目が止まった。
SomeNoHitomi.jpg
桜の咲く季節。
舞い散る花びらの中で、石橋に腰をかけ休む女性二人。
なんと素晴らしい写真なんだろう。
しばらく見入ってしまった。
すると、お店の方が声をかけて下さった。
この写真は、お店のご主人が撮ったとのこと。
声をかけてくださったのは、ご主人の弟さん。
ご主人は、いま留守だが染め物が本職の方らしい。
写真は趣味で撮っているのだが、
店に飾っておいたら、通りかかった作家の方が、
たいそうこの写真を気に入り、
この桜の中で二人が写ってる写真を題材に小説を書いたそうだ。
(森村誠一の「喪失」。俺は未読。)

見れば美しい染め物が並ぶ。「ギャラリー 染のひとみ
染め物も素晴らしいが、この写真の素晴らしさったら。。。

桜が咲き誇る哲学の道。
春の暖かさが伝わってくる。
大勢の観光客が行き交い、歩き疲れた女性二人は石橋に腰掛け、
しばしの休憩。
なんと平和な光景だろう。

辛い日々が続いても、いつか必ずこんな春の日が来る。

誰かを悪者にして、悪口言って、こんな事態にしたのは、
あいつのせいだ、コイツのせいだ。
テレビでもネットでもそんな言葉が行き交う。
でも、起きてしまったこと。
これからどうするってことのほうが大事なんじゃないのか。

最前線で体張って、頑張っている人達に対して俺が出来る事、
それは、自分のやるべき事をしっかりとやる事。
自分の仕事を真剣にやる。
そして節約はするが、自粛はしない。
復興とは、いつも通りにするという事。
いつも通りに、仕事して、楽しんで。いいじゃないか。

電気が不足、物資が不足っていうけど、
被災しなかった俺たち、決してそんなことはない。
いままでが、過剰過ぎたんだ。
スーパーの棚の物が売り切れるってのは、自然なことじゃないか。
必要なものがあり、余らないってこと。
電気だって、ちょっと薄暗い節電中の街の方が自然な明るさの気がする。
今までが、明る過ぎたんだ。

なにも気にせず、使い放題だった、今までの自分を反省し、
新しい未来について考えて行こう。

と、そんなような事を、お店を出た後に考えた。なるほど哲学の道だ。

大きな写真は荷物になると思い、一度は小さな写真集だけ買って出たのだが、
あの写真を買って帰らなくては絶対後悔すると思い、引き返した。
お店に戻ると、引き延ばした大きな、あの桜と女性二人の写真を買った。
ご主人の弟さんが、笑顔で「また来て下さい」と言ってくれた。
はい、京都に来るときには必ず行きます。

しかし、趣味とは思えない素晴らしい写真。
写真集に載っていた写真を何枚か紹介させて頂こう。

夏:緑きらめく紅葉。
IMG_0003.jpg

秋:紅葉の安楽寺
IMG.jpg

冬:南禅寺の雪だるま
IMG_0001.jpg

そして、最初の桜吹雪と対照的な、雪のなかを歩く人。
IMG_0002.jpg
ドラマチックだ。

そしてまた、春となる。。


写真をブログに載せて良いか、旅から戻った後、
ぶしつけながら、電話でお聞きしてしまった。
すると、「良いですよ」と快くオーケーして下さいました。
ありがとうございます。

こんな素晴らしい写真、俺だけが見てるんじゃ、もったいないからね。


ギャラリー 染のひとみ
電話番号:075−751−1724
住所:京都市左京区鹿ケ谷法然院西町43


posted by Taro at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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